約半年間、この授業を通して留学生の人たちと交流をしてきた。この授業の目的は異文化交流だ。結果としてとても良い経験になった。授業を取るまでは外国や外国人に対して怖いという気持ちや不安があった。しかし、授業の中で色々な国の人たちと関わる中で考えは変わっていった。異なる言語、宗教、生活、食べ物、文化、自分と違うということに対する恐怖が確かにあった。実際に話をしたりしていく中で相手を知っていくと、そのような違いは大きな問題ではないと思うようになった。違う部分があるのは違う国だから当然だ。だが、同じ人であることは違わないのだと思った。楽しいことがあると笑い、難しいと考え、悲しいと悲しむ、それらに違いはない。人が未知のものに恐怖を抱くのは仕方ないかもしれないし、これから先は抱かないと言いきることはできない。ただ、未知のものが目の前にあったとして、それから逃げるのではなく、自分から歩み寄る勇気を持とうとは思う。それがこの授業を通しての一番の変化だ。例えば、今までは自分から外国の人に話しかけたりしていなかったが、これからは学校や町であったら声をかけようと決めた。グローバルな社会になりつつある現代において、外国の人だから、言葉がわからないから、といった理由で関わろうとしないのはもう時代遅れだろう。当たり前のように外国から日本へ日本から海外へ人が行き来する時代であり、これからより、知らないことわからないことが現れるだろう。そのような状況で自分がどのように行動すればよいのかこの授業で学んだ。また、運動会やその他の授業で行われる活動を通して、協力することの可能性を垣間見た。なぜなら、この授業は日本人同士が助け合いをしているわけではないからだ。国の違う人たちが1つのものを作るために話し合い考えを共有していることが1つの異文化交流になっていたのではないか。実際に日本人同士では思いつかないようなイベントや案が出てきていた。ここに異文化交流をするメリットそして、可能性があるのだろう。同じ考えの人たちが集まるのではなく、異なる価値観を持ちそれらを共有することで新たなものが生まれる。この授業でその体験ができて本当に良かったと思う。そして、何よりも楽しかったというのが1番印象に残っている。異文化交流を楽しく。大橋先生が最後にそう言っていた。この授業は本当にそれが実現されていた。留学生も日本人も時には先生も一緒になって活動をしたことを忘れることはできないだろう。これから先の自分の人生にとってかけがえのない経験になった。そして、まだ、この授業には続きがある。それはここで得た経験や後悔を次に活かしていくことだ。それは大きなことでなくても良い。日常生活の中で活かせるものがあるだろう。経験したことから学び、自分の中で変化を起こしていこうと思う。異文化交流から何を学ぶのか。私は一歩を踏み出す勇気、協力することそして可能性を学んだ。
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