私がこの異文化交流の授業をとったただ一つの目的は、留学生と話し合い、議論を重ねることによって、今までの自分の考え方を振り返り、日本人と外国人の物事のとらえ方の違いを知ることにある。総合大学ならではの利点、すなわち他学部の学生、様々な国からの留学生とふれあい交流することによって自分自身の視野を広めたかったためこの授業を選択した。自分自身、話し合いやグループ活動は苦手であった。自分の考えに自信がないのもそうであるが、なんせ人前でしゃべるのが恥ずかしかった。しかし、回数を重ねる度に積極的に意見を交換できるようになり、外国の風習や制度、文化を吸収できるようになった。そして、まだ覚えたての日本語を頑張って伝えようして話す留学生の姿を見ると、より日本の文化を知ってほしい、日本を堪能してもらいたいと思った。異なる宗教、言語、文化、風習ではあるが、スポーツをして心開くのは各国共通であるし、人を思いやること国境は関係ないものであると感じた。各人が一歩を踏み出し、数多くのことを学べ、人とふれあい、つながりが生まれたこのグローバルな授業は私にとって非常に価値のあるものであった。
留学生が送る日本人への提言で心に残るものがあった。日本人の消極性である。留学生は日本語を学びに来ているだけでなく、日本人と触れ合いたいが、当の日本人はグループの輪から抜けることが少ないというのだ。海外では他の国学生をもてなし、積極的話しかけるそうだ。日本では、留学生と交流する場所を設けているが参加する学生はごく一部である。確かに私の周りでもそのような機会を活用する人は少ない。留学生と積極的にコミュニケーションをとり、率先して会話をしていかなければ、相手の立場になって考えた時に非常に助かることではないかと感じた。この点に私たち日本人の消極的さがにじみ出ているなと感じて留学生にたいし非常に申し訳なくなった。一方で、日本の町はとてもきれいだとほめてくれる留学生もいた。ごみ一つ落ちていない公園や道路は母国が見習う点であると。私はそれを聞いてとても嬉しかった。
国が違うからこそ相互不思議に思う点があり、尊敬できる点がある。一つのことを協力して成し遂げたり笑いあったりスポーツしたりすることは共通点である。私はこの授業を通して、今まで知らなかったこと知れたり、盲点だった客観的にみた日本人そのものを勉強したりできたので良かった。異なる価値観を持った人同士が、このようにふれあい共有することで新たな価値観が生まれる。このように感じたことは初めてだった。貴重なグローバルな授業の経験はこれからの人生で大いに役立つだろう。